“新国立競技場”建設の舞台裏。大成建設の作業所長さんに聞いちゃいました

〈vol.10 春号(2020年4月発行)より〉

2020年東京オリンピック・パラリンピックのメイン会場となる新国立競技場。ここでたくさんの感動が生まれるのかと思うと、胸の高鳴りが!ところで、木材を多用していることでも知られるこの施設。鉄骨造なのに木材がたくさん?何だかいろんな疑問がわいてきました。そこで大成建設の作業所長さんに話を聞きに、レッツゴー!!

3社共同で大プロジェクトを成功させよ!

「この仕事に携われて、本当に光栄でした」と、感無量な表情で登場したのは新国立競技場整備事業の全体調整役で工務責任者である大成建設の八須智紀所長。なんせ、世界的なイベントが行われる会場です。スポーツ界をはじめ日本中、いや世界中から注目され、期待を集める中、計画通りに完成させなければなりません。

そんな難しい上に失敗の許されない国家プロジェクトを成功へと導いたのが、大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所の3社による共同企業体(ジョイントベンチャー、JV)です。

「木を用いたデザインで知られる隈研吾建築都市設計事務所、スポーツ施設の設計経験が豊富な梓設計、ゼネコンとして設計・施工・技術開発部門など総合力を持った当社。その3社の強みを結集したことで、より良い競技場が完成したと思っています。また、今回は『デザインビルド』といって、設計と施工を一括して請け負う発注方式が採用されました。そのため、設計段階から竣工(工事が完了すること)まで設計者と施工者が緊密に連携できたことで、工事を効率的に進めることができました」

知恵を出し合い技術提案書にまとめるべし!

新国立競技場整備事業ではデザインや建設を行う事業者を公募し、応募者がそれぞれに制作した技術提案書によって選定が行われました。技術提案書とは、コンセプトや建設方法などの基本方針を定めたもので、審査前から誰もが見られる形で公表されました(応募者名については、審査前は伏せられていた)。いわば「こういう競技場を建てますよ」と日本中に宣言した“大切な約束事”というわけです。

「技術提案書に書いたことは必ず実現しなければいけません。国立競技場に求められる厳しい要件を満たしつつ、より良いスタジアムをつくるためにはどうすればいいか。設計者と施工者、それぞれの立場から知恵を出し合いました」と語る八須所長。さまざまな意見を上手に盛り込み、1つの技術提案書にまとめるのは大変な作業だったのだそう。厳正な審査を経て、新国立競技場整備事業は大成JVが受注することに。新しい国立競技場の建設が本格的にスタートしました。

設計作業だけでも1年かかる!

できあがった技術提案書をもとに、今度は設計作業が始まります。でも、ここからがさらに大変。「各競技のルールやオリンピック憲章に沿ったスタジアムになっているか、誰にとっても利用しやすいユニバーサルなデザインになっているかなど、細かい確認をさまざまな関係各所と行いながら、約1年をかけて設計を行いました」。

ほかにも観客や選手の導線、避難経路の確保など、あらゆる視点から検討が繰り返されます。この規模の建物になると、設計作業だけで1年以上かかっても不思議ではないのだそう。「気を抜いている暇はありませんでした」と、八須所長は振り返ります。

緑豊かな神宮外苑と調和するように競技場の周辺には緑がいっぱい。雨水も活用したせせらぎは、市民のくつろぎの場としても活用される/写真提供:(独)日本スポーツ振興センター

“同じ形で円周方向”が工事のキモ

本体工事の期間は36カ月。期日内に着実に完成させるため、さまざまな工夫がありました。その1つが「プレキャスト化」です。

「現場でイチから部材をつくるのは、人手も時間もかかって大変です。そこで、工場であらかじめ製作した部材を運び込み、現場で組み立てる『プレキャスト化』を徹底しました。さらに使われる部材はできる限り同形状・同断面にして、同一フレームを円周方向に繰り返しつなげていくんです(図1、2)。同じ作業を繰り返すため職人さんの習熟度も早くアップするとともに、安全性の向上および品質の向上につながりました。このプレキャスト化、そして同じ形式の架構フレームを円周方向につなげる方法によって、工事を効率化することができました」

木と鉄のハイブリッド

ところで、屋根や外観には木材がふんだんに使われていますが、まさかこんなに大きな建物が木造ってワケではないですよね!?

「いい質問ですね。屋根に関していうと、建築基準法上の荷重は鉄骨で負担していますが、トラスの鉄骨部材は、繊維方向への剛性が高い性質を持つ木の集成材ではさみ込まれた構造になっており、これを我々は『木と鉄のハイブリッド構造』と呼んでいます(写真1、2、図4)。すべての観客席から木の温もりが感じられるようになっているのはそのためです。さらに、トラスの部位によって木材の使い分けもしているんですよ」。えっ、全部同じ木材じゃないの?

「それぞれの性質に合わせてトラスの下弦材には国産カラマツを、ラチス材(斜材)には国産スギを使っています(図3)。また、木材が腐らないように薬剤を加圧注入する保存処理も行っています。空気層が少なく薬剤が浸透しにくいカラマツの表面にあえて傷をつけることで、薬剤が入りやすくするなどの工夫がこらされているのです」

実物大模型で検証も!

競技場の外周の軒庇(のきびさし)にも国産木材がたくさん使われ、日本の伝統的な建築を思わせるデザインになっています。

「近くで見たときと遠くから見たときでは、木材の色の見え方や質感も変わってきます。そういったことは図面を眺めているだけではわからないので、実際に目で見て確認するために、軒庇や屋根はモックアップ(実物大模型)を組み立てて検証したんですよ」

観客席やトイレなどもモックアップによる検証を実施し、それをもとに計画の修正をしながら各関係者との合意形成を行ったという八須所長。一部とはいえ競技場の実物大模型をつくってしまうなんて、そのスケールの大きさにオドロキです!

ピッチの芝は冷蔵トラックで運ばれた!?

ところで所長、航空写真を見ると屋根の一部が欠けているように見えます。あれは何なのでしょうか?

「それはトップライトといって、屋根の一部に採光のための天窓を設けているんです」。スタジアム内には照明設備もあるはずですが、どうして天窓が必要なんですか?

「その答えは芝です。ピッチは天然芝を使っているので、育成管理のために太陽光を取り入れているんです。四季により太陽の高度が変わるため、トップライトを設置する位置も綿密にシミュレーションされているんですよ。さらに、この芝自体にも手間暇がかかっているんです」

ウチの近所にも元気いっぱい伸び放題の芝生があるけど、そういう芝とは違うの??

「品質を高めるために、2年をかけて育成された芝なんです。設置する際には夜間にドライアイスを内蔵したトラックで運び、3日間でピッチに広げました」。えっ、芝生を冷やしながら運んだんですか!?

「芝は生き物。鮮度があるうちに広げるのが肝心なんです。その後も、日陰になってしまう部分は補光設備を使って人工的に光を当てたり、大型送風機で自然な風を再現したり、芝を敷いてからも4カ月かけて丹念に育成しました」

芝はしっかり根づかせないとプレイ中に剥がれ、競技に支障をきたすこともあるのだとか。だから、芝の管理・育成も責任重大なんですね。近所の伸び放題になった芝生とは大違いでしたm(_ _)m

先手先手のフロントローディング

プロジェクトを進める上で、八須所長は常に心がけていたことがあるといいます。

「工事の工程管理は、数々の部材をいかに正しく供給して、スケジュール通りにいかにきちんとした施工ができるかが最重要課題です。それに加えて、工事の省力化や労働時間の管理など、マネジメントが必要なことは多岐に渡ります。そのため『フロントローディング』といって、何事も先回りして検討し、迅速に決定する前のめりな姿勢で取り組みました。設計から施工まで、すべての段階で取りこぼしがないようにするのは本当に大変でした」

“大きな船”で、長い航海の末に…

そうして2019年11月30日、ついに竣工の日を迎えました。プロジェクトがスタートしてからの4年間を八須所長は次のように振り返ります。

「ピーク時には1日に約2800人の作業員が入場し、のべ150万人が携わりました。たくさんの人が関わるこのプロジェクトは、施工管理を行う我々がきちんと舵取りをしなければまっすぐ走れませんし、少しの狂いが大事故や納期の遅れへとつながります。プレッシャーもありましたが、最初に決めた方針を曲げずに、スケジュール通りに成し遂げられたことを誇りに思っています」

まるでおおぜいの船員が乗った“大きな船”のように、さまざまな波を乗り越え、長い航海の末に完成した新しい国立競技場。これからここでたくさんの競技やイベントが行われ、数々の感動が生まれるのでしょう。そう思うと、なんだか競技場建設の仕事ってロマンがあるなぁと取材班も思わず胸が熱くなるのでありました。

文= 小泉 真治/写真= 高永 三津子
text KOIZUMI SHINJI / photograph TAKANAGA MITSUKO