人工知能は東大に合格できる?AI時代を楽しむヒント\東ロボくん/

東ロボくんの生みの親・新井紀子さん(国立情報学研究所 教授/東京都教育委員会委員)

 問題です。AI(人工知能)プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」の東ロボくんは東京大学の試験に合格できたでしょうか?答えは…できませんでした。でも、このプロジェクトによってAIの得意、不得意が明確になったそうです。ということは、AIにできないことが人間の強みになるのかも?
 東ロボくんの生みの親・国立情報学研究所の新井紀子さんに、工業高校生はAI時代に何を身につけておくべきかをうかがいました!

試験より漫画を読むほうが難しい!?

ーーAIに仕事が奪われるなんて話を耳にします。現在、AI技術はどのくらい進歩しているのでしょうか?
 「人工知能」と聞くと、あたかも人工的につくられた知能がすでに存在していると錯覚する人もいると思います。でも、知能って計算能力のことでしょうか?知能テストの点数のことでしょうか?どれも違いますよね。実は、私たちは知能が何なのかを分かっていませんし、分からないことを再現することなんてできません。
 例えば、鶏肉の血合を取り除く作業をロボットが行っている食品工場があります。一見するとロボットに知能があるように見えますが、「人間はこういうものを血合だと思って取り除く」というデータをたくさん集め、そのデータに基づいて判断をしているだけなんです。このようなデータを「教師データ」と呼び、AIが何かを判断するときには必ず必要になります。なので、人間と同じように考えて判断をしているわけではありません。

ーーいわば「お手本」が必要なんですね。そんなAIを使って、ロボットが東大に合格できるのかという研究をされていたそうですね。
 はい。2011年から10年間、行っていました。結果としては、センター試験の英語で200点満点中185点が取れ、数学オリンピックの問題もかなり解けるようになりました。
 いっぽうで理科はどうしようもなかったんです。理科の問いを解くには、公式に置き換えられない世の中の「常識」みたいなことが必要になるため、常識を身につけていないAIには難しいんです。また、図やデフォルメされたイラストも東ロボくんには理解ができませんでした(図1、2)。実は、センター試験でいい点数を取るよりも少年ジャンプを読むほうが東ロボくんにとってはよっぽど難しいんです(笑)。裏を返せば、人間がイラストや漫画をなぜ理解できるのかという謎は最後まで残りました。これはまさに知性とは何かという謎の1つだと思います。

10年後、仕事はどうなる!?

ーーそれを聞くとAIに仕事が奪われることはない気もしてきました。
 ところが、そんなことはありません。先ほどの食品工場では人間が手作業で行うよりも早く血合を取り除くことができ、廃棄量も少なくなりました。他にもAIはデータ処理が得意ですから、銀行の業務は今の1/10くらいに減ると言われています。なので、ある特定の部分が、たまたまAIの得意な部分と合致してしまうと、その仕事は奪われる可能性があります。

ーー10年後もなくならない仕事ってなんだろう…。
 ん〜、それを考えるのは、あまり意味がないと思います。なぜなら、10年前に銀行の偉い方に「銀行業務はいずれAIが行うようになるかもしれませんよ」と言ったら、「そんなことはない」とおっしゃったんです。どんなに頭がいい人でも未来がどうなるのかはわかりません。なので今から10年後のことを心配しても仕方ありません。それに今後もAIは発展するので、ますます「この仕事なら安心」という職業は減ると思います。
 では、そうした時代を迎えるのにあたって何が大切かと言うと、20代でも30代でも40代でも学び直せる、学び続けられる力、リスキリング(学び直し)の能力だと考えています。

読む力と書く力が大切に

ーーリスキリングができると何がいいのでしょうか?
 社会に出ると学校のように指導してくれる先生はいません。けれども、今の時代はネットでいくらでも情報が得られます。美しいプログラムの書き方ってどうするのかなと思ったら自分で調べて、書かれていることを読んで、実際に動かしてみて、だけど、ここの部分がうまくいかない。じゃあ、今度は質問サイトで質問を書き込んで、回答を読んで、試してみる。こうした学び直しが行えると、古くなった知識をアップデートでき、新しいテクノロジーも受け入れやすくなります。
 ところで 何か気づいたことはありませんか?実は、リスキリングはすべてテキストを介して行われるんです。検索するのも、サイトを読むのも、質問を書くのも、みんなテキストを介しています。だから、読む力と質問するための書く力、この2つを身につけられると、リスキリングは思うようにできるようになります。

この問題、解ける?

ーー読んだり、書いたりって、難しいことではなさそうな…。
 果たして、そうでしょうか。東ロボくんの研究を行う中で、私たちはリーディングスキルテスト(RST)というものを開発しました。これは短い文章に書かれている意味を正確にとらえる力を測定するテストです。去年は小学5年生から大手企業の社会人まで8万人の方が受検されました。
 試しに<例題1>を解いてみてください。

ーーええっと、原点0と…。
 わかりましたか?正解は1番です。この問題、正答率が低くて、中学3年生では4人に1人くらいしか正解できません。パッと見ると数学の問題に見えますが、実は読解力が試されています。ポイントは「原点を通っているのか」「点(1,1)を通っているのか」「X軸に接しているのか」、この3つの条件を満たしているのかどうかです。そうすると1番以外はどれかがハズレています。
 条件が1つ、例えば、「原点を通っているか」という問いだと正解率がグッと上がります。でも、条件が3つになると社会人も含めて途端に正解率が下がります。どうも多くの人にとって3つの条件をチェックすることは難しいようなんです。
 これ、数学のセンスや能力はあまり関係ないと思っています。大事なのは3つの条件をチェックする能力です。こういう能力は、実はモノづくりを学ぶ上で重要ではないかと思います。というのも、マニュアルなどは条件が3つだけじゃなく、もっと複雑な場合がありますよね。マニュアルを理解できないと、それこそ事故につながりかねません。

RSTが難しいと感じたら…

ーーこの問題が難しいと感じる生徒さんはどうすればいいのでしょうか?
 例題に条件が書いてあったら、それぞれに丸をつけて、丸がついている条件をクリアしているのかをチェックしながら回答する練習をするといいと思います。こういう問いは数学でよく出てきます。ですから、数学が苦手と思っている方は数学が不得意なのではなく、条件をチェックすることが不得意なケースがあるかもしれないと思っています。
 では、<例題2>はどうでしょうか?

ーーう〜んと…。
 実は、<例題1>のような問いは、AIは得意なんです。条件が1000個あっても答えを導き出すことができます。でも、<例題2>については、AIは苦手です。答えは3だけなのですが、「ように」と書いてあるので、AIは1と4も選んでしまうと思います。ただ、人間もこの問題の正答率は低いんです。AIと同じように、「ように」が書いてあるからと1と4をチェックしてしまう人がたくさんいます。
 だけど、特にモノづくりやクリエイティブの現場では、「鏡のように磨く」とか「イタリアの太陽のような」とか、数量化できないことを比喩で表現する場面があると思います。だから、比喩を正しく解釈することは大切なんです。なので、この問題が解けなかった方は、比喩表現を日頃から意識しながら教科書などを読むといいと思います。

工業高校はリスキリング能力を磨く
とてもよい環境

ーーこれからの時代、工業高校生はどんなことを学んでいけばいいでしょうか?
 リスキリングの力を磨いてください。そうするとテクノロジーの進化が楽しみになります。逆にリスキリングができないとテクノロジーの進化が怖くなってしまうでしょう。
 リスキリングの一番の題材は教科書とマニュアルなんです。だから、実習前には必ず自分の力で読み込んでみてください。こういう手順なんだなと頭に入れてやってみて、失敗したときには、たぶん読み間違いがあると思います。そのときに「自分はおっちょこちょいだ」と思うのではなく、どこで読み間違いをしたのか、教科書やマニュアルに赤線を引いてみましょう。そうすると条件が3つ以上あると間違いやすいとか、否定文があると間違いやすいとか、自分の傾向がわかってきます。
 実は、工業高校は実習の時間がたくさんあるので、マニュアルを読んで理解したことが正しかったのかを、手を動かしながらチェックする機会が多くあります。だから、リスキリング能力を身につけるのには、とてもよい環境です。自分の将来のために、読む力、書く力を磨いて、新しいテクノロジーを楽しいと思える社会人になれるように頑張ってください。

新井 紀子(あらい のりこ)
AIプロジェクト「ロボットは東大に入れるか」のプロジェクトリーダーにして、東ロボくんの育ての親。2016年より読解力を診断する「リーディングスキルテスト」の研究開発を主導。『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』(東洋経済新報社)などの著書がベストセラーに。国立情報学研究所社会共有知研究センターセンター長・教授、一般社団法人教育のための科学研究所代表理事・所長。2021年より東京都教育委員会委員をつとめる

取材・文=阿部 伸