埼玉県立新座総合技術高校の生徒が
世界で話題のアートな着物を取材
ファッションにも、工業製品にも、情報にも、必ずほどこされているのが「デザイン」。でも「デザイン」ってナンだろう…。そこで今回、埼玉県立新座総合技術高校のデザイン科と服飾デザイン科の生徒さんが、正円と直線だけで描かれるデザインの着物で国内外から高い評価を得るアーティスト・高橋理子さんを取材!「固定観念をくつがえしたい」という高橋さんが、モノづくりティーンズに語ったデザインの“いろは”とは!?
埼玉県立新座総合技術高校の皆さん
目指すは一番!自分好みの生地をつくりたい
生徒:高橋さんは私たちと同じ新座総合技術高校(以下、新座総合)のご出身です。そもそもどうして新座総合でデザインについて学ぼうと思ったのですか?
高橋:小学生のときにテレビでパリ・コレクションの映像を見て「私もこんなに美しい服をつくってみたい」と思ったのがきっかけでした。中学生のころは毎日、服のデザイン画を描いて過ごしていましたね。新座総合は専門的な服づくりの技術を学べるのはもちろん、中学の美術部の先輩が服飾デザイン科に在籍していたこともあって入学を決めました。
生徒:現役で東京藝術大学(以下、藝大)に進学されたんですよね!?
高橋:高校のとき、自分がデザインした服に合う柄の生地を、売っている物の中から見つけることが難しくて、生地からつくる必要性を感じていました。そんな私を見て先生も「美大で生地についての勉強をしたら?」とアドバイスをくださり、布を染めたり織ったりして生地をつくる「染織(染織)」の技術が学べる美大に進学することを決めたんです。
藝大を選んだのは、とりあえず美大の最難関といわれる藝大を目指しておけば、受験にちょっとつまずいてもどこかに受かるだろうと思って(笑)。でも、本当は完璧主義な性格で、自分の中での一番を目指さないと気がすまなかったからなのかもしれません。
自身を「アーティスト」と名乗る高橋さん。その理由は「デザイナー」という枠で制限されない活動ができる環境でありたいからと教えてくれた
フランス人の言葉で覚悟を決めた
生徒:ファッションの中でも着物の道を志したのはなぜですか?
高橋:藝大で日本の染織の技術を学ぶうちに、洋服とは全然違う着物の構造の面白さに気づきました。例えば、隅々まで手をかけて染めた生地があったとしても、洋服をつくるときには裁断して無駄が出てしまう。でも着物は縫い込みの幅を調整することで、生地を切って捨てずに丸ごと使えるんです。ほどいて別の何かにつくり替えるのも簡単。合理的で無駄のないモノづくりに魅力を感じたんですね。
その後、大学院生の頃にパリで着物の展覧会を開く機会に恵まれました。その際、フランスのマダムから「あなたは着物という美しい文化に関われて本当に幸せね」と声をかけていただいたんです。そのときに、もっと真剣に着物と向き合おうと覚悟を決めました。
固定観念をくつがえして、考えるきっかけを
生徒:デザインをしているとき、どんなことを考えているのか、すごく気になります!
高橋:私の活動のテーマは、世の中の固定観念をくつがえして、人が考えるきっかけを生み出すこと。だから私にとってデザインは、ものをつくるための一つのプロセスに過ぎません。見た目のよさや使いやすさを追求するデザインだけではなく、そのもう一歩先を大切にしています。私がつくったものが便利でないことや、使いにくいことも、逆に人に考えるきっかけを与えるのではないかと思うんです。
例えば、私の着物を着て「やっぱり伝統柄の方がいいな」と思った人がいたとしたら、それは私の着物が考えるきっかけをつくったということでしょ?デザインそのものより、作品からみんなが何を考えるかということが重要で、それが社会を変えるきっかけになればいいなと思っています。
生徒:固定観念をくつがえすことに批判的な意見を持つ人もいませんか?
高橋:活動を始めた当初、京都の職人さんに水玉の柄の着物を染めてほしいとお願いしたら「こんなのは着物じゃないから染めたくない」と言われてしまったことも。後で聞くと、水玉は技術的に難しい柄なのだそうです。正円や直線は染める前の布の小さな歪みも、染め上がりに大きく影響してしまう。動植物などの自然物がモチーフのものでは感じにくい小さな失敗が誰の目にもハッキリわかってしまうんですね。でも難しいからこそ、職人さんの最高の技術を引き出せる面もあります。実際、試行錯誤して美しく染め上げてくれる職人さんは多いんですよ。
円と線の無限の可能性を追求したい
生徒:円と線だけのデザインってシンプルだけど奥が深そう…。
高橋:そうですね。「円と線の柄の着物」と一口に言っても、本当にいろいろなバリエーションの着物がつくれます。よく「限られた要素で表現していると限界が来ませんか?」と言われることがあるけど、それこそが固定観念(笑)。円と線の可能性は無限です。これからも円と線でどこまで面白いものができるのかを追求していきたいですね。
生徒:今の時代は着物を着る機会が減っていますが、高橋さんは現代の着物をどう考えていますか?
高橋:着物ってすごくカチッとしてフォーマルな印象ですよね。でも昔の人にとって着物は日常着でもあったので、もっとラフに着ていたんです。今みんなが見ている着物も、歴史をたどれば全然違う形だった。着物はその時代の生活様式にあわせて改良され、形を変えてきたんです。だから私は、またさらに着物を新しくアップデートさせようと研究をしているところ。今の時代にあった男女兼用の着物にするなど、いろいろ挑戦しています。詳しいことはまだ秘密ですけどね(笑)。
卒業後の進路や、将来の家庭のことなど、インタビュー後も生徒のお悩み相談にやさしく答えてくれた高橋さん
常に自分で考えて本質を見抜く目を養おう
生徒:デザインやモノづくりを志す現役の工業高校生にメッセージをお願いします!
高橋:目で見たことだけを信じず、その裏に何が隠されているかを想像してください。ジェンダーについてもそうですが、見た目が女性だから女の子だと決めつけたら、心は男性だったということもある。表面だけで物事を判断すると、人を傷つけることだってあります。人の気持ちは目に見えません。表情では笑っていても、もしかしたら本心は辛いのかもしれない。地表の花を見て「きれいだな」と思うだけでなく、地下に広がる根の存在にも気づいて欲しい。見えないところにも深い何かが隠されているかもしれません。
みなさんは、思い込みにとらわれず、常に疑問を持ち、自分で考えるようにしてください。デザインだけでなく、これからのモノづくりには、そういう“本質を見抜ける目”が絶対に必要です。
生徒:ありがとうございました!
築50年の鉄工所をリノベーションしたアトリエではワークショップやイベントも開催。併設されたショップでは、甚平や江戸扇子、アクセサリーや手ぬぐいなどのアイテムも販売されている
高橋理子(たかはしひろこ)
1977年生まれ、埼玉県朝霞市出身。新座総合技術高校服飾デザイン科を卒業後、東京藝術大学美術学部工芸学科に入学。2008年には同大学博士課程修了し、博士号(美術)を取得。現在、高橋理子株式会社を運営。円と直線のみで構成される図柄の作品が特徴のアーティストで、固定観念をくつがえして気づきをうながすきっかけづくりを目的に、着物や浴衣の創作のほか、企業や産地とのコラボレーションなど多岐にわたり活動中。
文= 小泉 真治/写真= 高永 三津子
text KOIZUMI SHINJI / photograph TAKANAGA MITSUKO
〈vol.8 秋号(2019年10月発行)より〉