モノづくりの匠には、卓越した仕事を支える道具がある──。
〝その道ならでは〟の道具を深掘りすれば、職人の生き様も見えてくる!
美しい光沢を放つ、なめらかな曲線の数々。
10cm にも満たないほどの大きさで、さまざまなカタチ。いったいこれは、どんな職人さんが使っている道具でしょうか?
それは「宮大工」。日本の伝統的な木造建築といえば神社やお寺を思い浮かべますよね。歴史に裏付けられた、その大胆かつ緻密な技術の数々は、世界に誇れるまさに日本の宝。宮大工が使う道具は、代表的なものでも「鑿(のみ)」「鋸(のこぎり)」「墨壺(すみつぼ)」などたくさんありますが、それらと並び絶対に欠かせない道具が「鉋(かんな)」です。
神社やお寺は、大きさも様式もさまざま。そこで宮大工は、あらゆる用途に対応できる道具をそろえています。鉋だって、大きいものから小さいものまで多種多様。その中で、もっとも小さい部類の鉋が、この「豆鉋(まめがんな)」です。
冒頭の写真、手前から反鉋(そりがんな)、内丸鉋(うちまるがんな)、外丸鉋(そとまるがんな)、平鉋(ひらがんな)、際鉋(きわがんな)一対
大は小を兼ねると言うけれど、鉋はそうでないときも。神社などを補修するとき、やっと腕一本入るような狭い所の作業に大活躍するだけでなく、廊下の手すりにあたる「高欄(こうらん)」の反り返ったカーブを削り出したり、柱や梁(はり)の化粧仕上げに使ったり。宮大工ならではの細かな作業に頻出する道具なのです。
「予期しないトラブルがあると現場での作業に影響するので、宮大工はリスクを嫌うことが多いんです。豆鉋は、刃の研ぎ出しもすぐできるし、曲線を削り出しやすいし、万が一落下しても壊れにくい。つまり、用途が多彩でリスクが少ない分、頻繁に使います」と教えてくれたのは、宮大工棟梁の鈴木嘉彦さん(鈴木建築工匠、東京都北区)。
写真上/まさに手のひらサイズ。もっと小さな「彫刻鉋(ちょうこくがんな)」もある。
写真右/外丸鉋(そとまるがんな)の刃口(はぐち)。下端の曲面はさまざまで、使用箇所に合わせて新たに作ることも。
「現場に道具をあれこれ散らかす人は、まだ未熟。ベテランは『この作業にはこの道具』
と直感で判断できます。必要な道具を見極めて作業することが大切なんですよ」
そんな鈴木さんは、「経験を重ねると、人間が丸くなる。優しさが生まれてくる」と語ります。「仕事が好きになると、それを取りかこむ周囲の人も好きになります。自己中心的な気持ちがなくなり、謙虚に現実を見つめることができるんですね。やっぱり最終的には人間性が大切。いくら腕が良くても、人とうまく向き合うことができなければ、活かせません。若いうちからいろいろな経験を積んで、本当に好きになれる仕事を見つけてください」。
道具を知り、己を知ることが、匠の極意なのかもしれませんね。みなさんの大切な道具は何ですか?
鈴木嘉彦さん(宮大工)
1963年、東京都北区生まれ。27歳から宮大工の道に入り、現在は『鈴木建築工匠』の棟梁として、東京北区に事務所、つくば市に製作所を構える。長年培った繊細な技術や豊富な木材知識を活かし、オリジナルギタークラフトにも力を注いでいる。
〈創刊号(2017年10月発行)より〉
取材・文= 小泉 真治 写真= 高永 三津子、小泉 真治